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ワイキューブでウェブマスターの仕事をしてます。ブログはこちら>

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Nov
24th
Tue
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意外な反響
5年ほど前に幼稚園でDJをした際の動画が最近YOUTUBEに上がっています。
僕としては5年も前のことなのでそんなに反響とかも無いかな?と思ったのですが、twitterを中心に結構反響があるようで、ありがたい話です。話題になってる場所がtwitterというのも5年という年月を感じますねー。

その動画で初めて僕のことを知った方もいるかもしれませんのでその後の事をサラりと書きますと、その後小学校でDJをしたり、子供と一緒に音楽を作るワークショップをしたりと「子供と音楽」ということをテーマにした活動は継続していました。

5年前に幼稚園でDJをした際には、僕が自主的に色々な幼稚園に電話をかけて20件目くらいでようやくOKをいただき、実現したのですがその後同じように交渉しても、世の中のDJに対するイメージがよくないのか、なかなか承諾してもらえなかったりするのが現状です。

むしろ、今こそDJを通じて子供たちに(決して価値観を押し付けるのではなく)色々な音での遊び方を教えることが出来ればと思うのですが。なんだかんだでDJは今、少なからず偏見の的ですからね。

こういう活動は継続していきたいので、もしご興味ありましたらメールなどいただければ、と思います。

SUGAR-COATED SOUNDS (via kml) (via pdl2h) (via jumitaka) (via ljmp) (via sakurasakuras)

和む。

サニーデイサービスの幼稚園でのライブ盤思い出した。

サニーデイはあれがラストアルバムだったんだよね。

(via noboko)

permalinkに修正。

(via otsune)

Nov
23rd
Mon
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フリーザ様が理想の上司とされる訳

  • 敵であろうと優秀な人材はスカウト
  • 弱い部下には武器を与える
  • ダメージ回復にはメディカルマシーンと福利厚生完璧
  • 部下相手にも敬語を使う
  • 現場主義で的確な判断をする
  • 優秀な人物には失敗しても挽回のチャンスを与える
  • ラディッツみたいな雑魚部下でも名前と顔をきちんと認識している

界王神が出てきた時印象的だった台詞が 「あのフリーザ程度なら一撃で倒せるほどの腕の持ち主~」という台詞 もうね、だったら倒しに来いよと。おまいらの怠慢のせいでどれだけの人が死んだのかと。 それで今頃よくぬけぬけとそんなこと言えるなと思いましたよ。

けど大人になってみてなんとなく界王神の意図が分かったような気がする。 フリーザは悪だったけど雇用は生み出したよな。あれフリーザいなくなったら多くが無職になり 海賊ならぬ宇宙族的な行為をしたり無秩序に星を侵略したりで、より治安は悪くなっていると思う。

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石原裕次郎が心臓の手術を受けた後、ポカリスエットを飲みたいとしきりに懇願し、兄の慎太郎が記者たちの前でそのことを口にしたところ、その日からポカリスエットの売上が急増し、大塚製薬からはトラック1台分のポカリスエットが病院に届けられたという。
ポカリスエット - Wikipedia (via reretlet) (via sonnamon) (via uessai-text) (via fileo) (via kazz7) (via zono) (via jinon) (via otsune)
Nov
22nd
Sun
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@yoneko「まだ「ファミコン」は登場していない。」

ファミコンは、発売当時の段階でまったく独自のゲーム機ではなく、すでにエポック社など、さまざまなオモチャ会社が家庭用テレビゲーム機で群雄割拠していた中において、ゲーム&ウォッチで一世を風靡した任天堂が送り出した後発のハイエンドゲームマシンだったことは、忘れてはならないところだ。

産業サイクルを「黎明期→発展期→円熟期→衰退期」とか聞いたりするけどゲームに当てはめてみると、

黎明:多くのプレーヤーが参入し群雄割拠する時期 
→発展:黎明期の勝者が全体の方向性を決定付ける時期 
→→円熟:グラフィックの向上や続編シリーズの定着など品質向上期 
→→→衰退:技術的多様化期

と考えた場合、ファミコン登場は黎明期後期~発展期初期ってことになるな。
衰退期において求められるのは品質向上ではなく技術的多様化なので、PS3や360よりWiiが適合していることになる。

ゲームってそもそもゲーセンが最初で、据え置きはその廉価版。
従ってサイクルはゲーセンの一歩後ろを進んでいく。

シンプルなゲーム画面
→セガなどの台頭
→→グラフィックの高度化、内容の洗練(格ゲーなど)
→→→インターフェイス特化(DDRとか)って感じかねえ。

その後、ゲーセンはネットワーク、物品販売という方向性になっていると考えると、その一歩後を行く据え置きで次にイケそうなのはカード販売との連携だとか、書籍と連携だとかって話になっていきそうだな。
もちろんネットもだけど、それはすでに来てるわけだし。

携帯ゲーム機は据え置きのさらに一歩後に据え置きの廉価版として登場したわけだから、サイクル自体もその一歩後となる。時期的にまだグラフィック高度化~インターフェイス特化初期なのでPSPやDSといった機器がウケてくるわけだな。

・・・で、ウェブアプリやi-phoneアプリ、携帯ゲーといったものは、さらにその一歩後ろにあって、黎明期~発展期にあるんだろうな。エポック社やアタリが割拠していた時期に相当し、明確な勝者はまだ居ない段階と考えると面白い。

まだ「ファミコン」は登場していない。
夜猫

▽元URL
http://twitter.com/yoneko/status/5914354582
http://twitter.com/yoneko/status/5914414984
http://twitter.com/yoneko/status/5914434540
http://twitter.com/yoneko/status/5914491945
http://twitter.com/yoneko/status/5914505113
http://twitter.com/yoneko/status/5914519438
http://twitter.com/yoneko/status/5914554933

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仕事に対し報酬が支払われると、仕事に対する内発的興味は、通常、低下す ることが、一連の研究によって示されています。ここでいう、内発的興味とは、 その仕事自体に行う価値があるという自覚のことです。

報酬 (それが、お金にしろ、賞にしろ、称賛にしろ、はたまた、競争に勝つ ことにしろ) が、活動に従事する理由として、とらえられるならば、その活動は、 それ自体では、余り楽しいものとはとらえられなくなるでしょう。

内発的動機づけの存在そのものを疑う一部の行動主義者を除いて、現在のと ころ、以上のような考えは、心理学者の間でひろく、受けいられている考えです。 私たちは、知らず知らずのうちに、労働者や学生、そして、芸術家たちの革新的 な考えに水をさし、その興味を押し潰しているのかもしれないのです。

報酬は反生産的な効果を持っているかも知れません。この考えは多くの研 究を基礎にしていますが、それらの研究から次のような発見がありました。例えば、 絵を描くことに対し、報酬をうけた幼児は、単に描くこと自体を楽しんでいる幼 児のようには自発的に描くことをしなくなります。言葉遊びに対し報酬を受けた 少年たちは、そのゲーム自体を余り楽しまないし、報酬を受けないでゲームを している他の少年たちと比べて、その成績も余りよくありません。経営者の期 待に沿うことで称賛される従業員は、動機づけの低下に悩んでいます。

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Nov
18th
Wed
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477 :恋人は名無しさん:2009/11/14(土) 04:22:07 ID:sJpnEzgEO

彼女ん家に遊びに行ったら男と上半身裸体でイチャイチャ。なんだこりゃ。
男ガンギレ。話し合おうとすると殴りかかってきた。
俺はそれでも話し合おうとするが、男は止まらず。彼女止めず。
仕方ない、殴り合いになりゃ止まるだろと反撃。
しかし、俺のパンチ貧弱。男ヒートアップ。
ドロドロの殴り合い。
男顔ボコボコ。俺はもっとボコボコ。痛いというより、疲れた。
俺『ゼェ…こんだけ殴った後だけど、オマエ、ハァ…まだこの女好き?』
男『ハァ…たりめーだ。だからハァ…こんなんになってんだろ』
俺『そか、俺は、無理、ハァ…こんなん、なるまで、止めない、二股女なんざ、いらねぇ。
  それを、言いたかったんだ。フゥ…帰るわ…』
俺二人を置いてフラフラ帰り出す。

しばらく歩いてると、男車に乗って登場。
男『乗れよ、送ってくよ』
ハァ?意味も解らず無理矢理乗っけられたら、
『俺も別れた。よく考えたらアンタの言う通りだ』
だってさ。女一人ほったらかして帰ってきたらしい。
その後、彼女から電波飛び交ったメールやエロメールがわんさか送られてきた。未だに来る。
男の方にも来るそうだ。

Nov
17th
Tue
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自民党の言う通りになってるじゃねーか






定期的にreblogしとかないと。




というか、そのとおりになったな・・・自民党には珍しく・・・

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自民党の言う通りになってるじゃねーか

定期的にreblogしとかないと。

というか、そのとおりになったな・・・自民党には珍しく・・・

Nov
15th
Sun
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心の病的無敵の人について

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ひろゆきさんが「無職で社会的信用が皆無の人」を「無敵の人」とかつて言いましたが、現在「心の病的無敵の人」に振り回されて本当に困っている。

私が定義する「心の病的無敵の人」っていうのは、

  • 会社が簡単に自分を解雇することができないと言うことを知っている
  • 同僚は自分が悪者になりたくないって思ってることを知っている
  • 自分が心療内科に通っておりその種の薬を飲んでいることを誰に知られても良い

ってかんじの人を指す。

具体的なことはかけないけど、周りは最大限気を遣ってるし、全ての仕事はまずその無敵の人がやりたい仕事を選び、残りをみんなで分けてやってる。しかも無敵の人が泣きわめいて仕事を放り投げたら残りのみんなで拾ってる。でまた泣きわめいてやっぱりやるって言ったら渡す。みんなちょっと不満はあるけど、ちょっと何か言うとすぐ深いため息ついて荷物をバーン!と自分の机においたりなんかして、その後その種の薬をボリボリこれ見よがしに食べ始めるから、怖くて近寄れずなにもいえない。

私を含めみんな、その人が悪いんじゃなくて病気なんだから、責めたり嫌ったりしちゃだめだ、って気持ちがすごくて、最近は心の均衡を図るために何とか笑いに昇華することを覚えた。この状況ネタになるよね、とかそういうことをひっそり言ったりすることで何とか、モヤモヤを回避している気がする。

でもまあ、あえて私が先陣を切って言うけど、ずるい。負の感情をパブリックにばらまくことのずるさ、ひどさを全くわかってない。

誰しも、負の感情や負の過去ってあるよ。公共の場で言ったりしないだけで、みんな何か抱えてる。

で、そういうのを分かち合うために、めんどくさいプロセスを経て打ち解ける親友を作ったり、親と食事に行って大人の関係を作ったり、彼氏つくったり、結婚したり、子供作ったりするんだと思う。私は明るく面倒見の良い人だと思われてるが、夫から見た私は別人だと思う。それは私から見た夫も同じだ。なぜならお互いに、負の感情や負の過去を知っているからだ。夫婦でいること、家族でいることはめんどくさいことが9割だが、負の受け入れ、昇華の環境として適していると考える。これは友情や恋愛感情も一緒だと思う。

それらのいわゆるめんどくさいプロセスを一切否定しておきながら、負の感情の請負を同僚にさせるのは間違ってる。私たちは会社に出会いを求めてきたんじゃなくて、仕事を求めてきてる。お互いに気持ちよい仕事をするプロセスを経て友達になるという場合はあるけど、あくまでプロセスを経て、であって、ただの同僚にそこまでの関係は無い。

って書いたけど、やっぱり病気なんだからしかたがないってことで我慢するしかないのかな。この text を 笹舟に乗せて、tumblr という川に流して、また明日から笑って過ごすことにします。

コメントしづらいですが、まず自分たちもいやなことあるからそれを受け入れるのは当然、って感覚は間違いで、その積み重ねが今の疲弊社会を生んでることは多分ある。病気と仕事に関しては産業医とかと相談じゃないんですかね?あとあいつが病気なおかげで楽な仕事を取ってるって発想自体も部署として終わってる気がします。むしろその人をうまいとこに配置して成果を上げさせてお互いWin-Winな関係を作るのが上司の役割とかじゃないんでしょうか。

おそらくこの種のコメントはあるだろうな、と思ってました。正論でいえばおっしゃるとおりなんですが、世の中産業医がいたり部署を作れたりうまいこと配置させる場所がある規模の会社ばかりではないことを是非ご理解いただければ幸い。ちなみに私が働いている会社は遅刻欠勤に関してとても寛大で、私も自身の病気や子供の病気の時も寛大な措置を頂いて、とても感謝してます。今までいくつか会社に所属してきたけど、こんなにありがたい会社はない、ってくらい良い環境です。

「自分たちもいやなことあるからそれを受け入れるのは当然」とは書いていないと思います。「自分たちも嫌なことがあるけど無関係の人にその気持ちをぶつけることはしていないのに、何故自分たちが理由無く負の感情をぶつけられなくてはならないのか」というジレンマを書いたつもりです。いつもよくわからないことで怒り、わめき、泣かれるので、こちらも困惑しているのです。怒り、わめき、泣かれるというのは比喩ではなく事実です。怒ると机の上に物をたたきつけ、人を部屋のコーナーに追い詰めてわめき、処理落ちするときは泣きます。悔し泣きってかんじではなく、わーんと泣く感じ?いずれにしても、全ての感情がだだ漏れってかんじです。

今こうして書いていて気づいたけど「私は会社に仕事をしにきてるのであって、なれ合うために来てない」って言いたいのかも。酷い言い方だけど、私も聖人君主じゃないし、心が強いわけでもない。「愛されたい!」って気持ちがバンバン出てるのはとてもよくわかるけど、正直それを受け止めるだけの関係性や度量のある人は会社にはいない。親や友達が手をさしのべるべきだと思う。

でこうやって文章にまとめると、なんかすごい自分が悪人のような、冷たい人間のような気がして本当に申し訳ないんだけど、助けてあげることはできない。彼女の「愛されたい!」って気持ち、受け止めたが最後、私の家庭や私の人生が崩壊するほどの威力がありそうだから。